ASBJ 企業会計基準委員会

第10回NSS会議報告

Ⅰ. はじめに

各国基準設定主体(NSS)会議は、世界各国の会計基準設定主体や財務報告関係機関が集まって、各設定主体が取り組んでいる研究プロジェクトに関する議論や国際会計基準審議会(IASB)の基準開発へのインプットやサポートを行うための会議である。年2回、春と秋に定期的に開催されており、現在、英国会計基準審議会(ASB)のIan Mackintosh議長が、この会議の議長を務めている(*1)。

今回のNSS会議は、2010年9月18日と19日の2日間にわたりローマで開催された。日本、イタリア(ホスト国)、韓国、米国、英国、カナダ、フランス、ドイツ、スペイン、オーストリア、ノルウェー、スウェーデン、オーストラリア、ニュージーランド、インド、シンガポール、マレーシア、台湾、香港、スーダン、南アフリカ、シリア、シエラレオネ、ブラジル、メキシコの計25か国の会計基準設定主体に加え、米国証券取引委員会(SEC)、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)、国際公会計基準審議会(IPSASB)、国際財務報告基準(IFRS)諮問会議(旧基準諮問会議)及びIASBからの参加者を合わせ、合計で66名が参加して行われた。企業会計基準委員会(ASBJ)からは、加藤副委員長、小賀坂主席研究員及び吉岡研究員が参加した。

Ⅱ. 今回のNSS会議の概要

Mackintosh議長による挨拶の後、各議題について議論が行われ、各参加者から積極的な意見発信が行われた。この第10回NSS会議の議題と担当は以下のとおりである。

AP 議題 担当
9月18日(土)
1 米国SEC:コンバージェンスとグローバルな会計基準 米国SEC
2 財務報告における国際的な開発状況とIASBの作業計画 英国ASB
3 会計基準とXBRL シンガポール会計企業規制庁(ARCA)
4 IAS第41号「農業」 マレーシア会計基準審議会(MASB)
5 法人所得税 英国ASB、ドイツ会計基準審議会(GASB)、EFRAG
9月19日(日)
6 IASBとFASBの概念フレームワーク・プロジェクトの進捗報告 IASB、米国財務会計基準審議会(FASB)
7 概念フレームワークへの貢献:会計単位 英国ASB
8 IPSASB概念フレームワーク・プロジェクト:測定 IPSASB
9 財務報告における測定のフレームワークに向けて カナダ会計基準審議会(AcSB)
10 財務報告における測定のフレームワークに向けて-代替的見解 フランス会計基準委員会(ANC
11 共通支配下取引 イタリア会計基準委員会(OIC)、EFRAG
12 会計基準の影響分析 英国ASB、EFRAG
13 IFRS第2号のレビュー・プロジェクト フランスANC

1.米国SEC:コンバージェンスとグローバルな会計基準

2010年2月、米国SECは単一で高品質な会計基準に向けた取組みへの支持を確認する声明「コンバージェンスとグローバルな会計基準の支持に関する声明」を公表し、同時に、米国の財務報告システムにIFRSを組み込む(incorporate)かどうかを判断するための作業計画を公表している。今回のNSS会議では、米国SECからJames Kroeker主任会計士とPaul Beswick副主任会計士が参加し、この作業計画の内容と現状について説明が行われた。説明の主な内容は以下のとおりである。
 

  • 作業計画では、6つの検討すべき事項(*2)に焦点を当てており、大きく2つの問題がある。
     
  • 1つは米国の財務報告システムにIFRSを組み込むかどうか(whether to incorporate)という問題であり、もう1つは組み込むとすればどのように行うか(how to incorporate)という問題である。
     
  • 1つ目の問題(組み込むかどうか)について、想定されるさまざまな影響の調査を行っている。棚卸資産の後入先出法(LIFO)などの税務上の問題や、訴訟など法律面・契約面への影響(例えば、IAS第37号による影響)、IFRSに業種別の指針が少ないことや非公開企業の財務報告への影響などについて関係者と議論を行っている。例えば、LIFOが認められない場合、米国企業には500億ドルもの税の影響があるといわれている。
     
  • 2つ目の問題(組み込むとすればどのように行うか)については、投資家の教育、米国の規制環境の程度、作成者への影響、人的資源の問題が重要と考えており、IFRSの適用や整合性の判断をどのように行っているかを理解するため、既にIFRSを適用している他国の経験を学ぶなど、多くの領域で作業を行っている。

説明に続き、参加者との間で質疑応答がなされ、また、IFRSの適用に関する各国の経験などについて意見交換が行われた。主な内容は以下のとおり。 

  • MoUプロジェクトの戦略の修正(2010年6月)が、米国SECの検討に影響を及ぼすことを懸念しているとの意見があった。これに対しては、Kroeker氏より、MoUプロジェクトの完了自体が判断の材料ではなく、完了のための進捗が重要と考えており、そのような懸念を和らげるよう努めているとの回答がなされた。 
  • ASBJからは、IFRSを組み込む(incorporation)という表現について、IFRSの適用(adoption)との違いが分かりづらく、何を意図して用いているかについて確認を行った。Kroeker氏からは、米国の環境を前提にあらゆる可能性を排除しないための一つの方法であるとされ、また、米国会計基準は一種の法律的な使われ方もされており、法律体系への取り入れも念頭にこの表現を用いることとしているとの説明があった。
  • 各国のIFRSの適用状況についてもイタリアや韓国などから自国で直面している問題についてさまざまな意見があった。また、非公開企業の会計基準に対する取組みについても参加者から意見があり、中小企業向けIFRS の検討も有用であるといった意見もあった。Kroeker氏からは、米国でもブルーリボン・パネルという検討の場があるものの、中小企業向けIFRSが議論の出発点とはされていない、との説明があった。

Kroeker氏からは、2010年10月には上記で説明した事項などの作業の経過を報告するための進捗報告を公表する予定であると説明がなされた(*3)。

2. 財務報告における国際的な開発状況とIASBの作業計画

英国ASBから、グローバルな金融危機等に関連してIASBやFASBで行われている基準開発の直近の状況等について説明がなされた。FASBによる金融商品に関する包括的な会計基準の公表(2010年5月)、金融資産の減損やヘッジに関するIASBでの検討状況の概要、主要なプロジェクト項目に関する公開草案の公表(収益認識(2010年5月)、保険契約(同7月)、リース(同8月))などの説明がなされ、それらについて参加者の間で活発な議論が行われた。主な意見や議論は以下のとおりである。

FASBの金融商品に関する包括的な会計基準の公開草案について
  • ASBJから、現在、FASBの公開草案に対するコメントレターを準備しており、主に以下の3点を盛り込む予定であることを説明した。 
  • 金融商品の分類に際して事業戦略の視点を考慮した分類要件を定めることは支持すること
  • 一方、公正価値で測定し貸借対照表に計上される金融商品の範囲の拡大を懸念しており、IFRS第9号「金融商品」のように、一定の商品については償却原価のみを貸借対照表で表示し、公正価値情報は注記で開示するのみで十分であること
  • IASBとの間における基準のコンバージェンスを強く望んでいること
  • 他の参加者も総じてFASBの公開草案における公正価値の表示の提案に反対であるとしていた。また、コア預金の再測定アプローチの計算手法の主観性を懸念する意見もみられた。
減損やヘッジに関するIASBの検討状況について
  • 減損については、IASBのスタッフより、現段階では予想損失モデルを支持する意見が多いが、中身を正確に把握する必要があり、また、オープンポートフォリオの論点などは非常に難しい問題と考えているとの意見があった。 
  • 10月以降本格的に減損の再審議を開始し、短期間でも市場関係者の意見を求める何らかの文書を公表し、FASBとの間のコンバージェンスも図る予定であるとの説明があった。
  • ヘッジについては、保険業や銀行業においてマクロヘッジ(ポートフォリオヘッジ)が非常に重要であり、それらを認める方向で検討しているIASBのアプローチを支持するといった意見があった。IASBのスタッフからは、FASBとのコンバージェンスも検討しながら、11月の公開草案を目指しているとの説明がなされた。
主要なプロジェクト項目に係る公開草案(収益認識、リース、保険契約)について
  • EFRAGでは近々、保険契約の公開草案にコメントする予定であり、特にリスク調整やアンバンドリングについて意見を述べる予定であるとの説明があった。
  • ASBJから、これらの収益認識やリース、保険契約については、昨年設定したアジア・オセアニア会計基準設定主体グループ(AOSSG)でそれぞれワーキンググループを設けて検討しており、9月末には東京で第2回AOSSG会議を開催し、可能な限り意見を集約してコメントしていくことを考えていると述べた。
  • 保険契約の定義に関連する問題について、公開草案の提案のように保険会社に限定しない取扱いがよいとする意見もあれば、他の金融機関における金融保証契約にまでこの公開草案の適用範囲が広がることを懸念する意見もあった。IASBスタッフから、金融保証契約についてはバーゼル委員会でも問題として挙げられていることなどが説明された。

3. 会計基準とXBRL

シンガポールACRAより、XBRL(拡張可能な事業報告言語)と会計基準や財務諸表との関係についてシンガポールにおける経験を中心に説明が行われた。シンガポールでは、2007年11月から企業の財務報告の提出をXBRLを用いて行う仕組みを本格的に運用しており、ACRAでは、当局に報告される企業のあらゆる事業に関する情報を一元的に管理する仕組み(one stop information repository)について調査を行っている。会議では、XBRLタクソノミーと会計基準の関係に焦点が当てられ、特に、IFRS財団が開発しているIFRSタクソノミーに関する説明がなされた。また、会計基準の開発とXBRLタクソノミーの利用の度合いは関連しており、各国のタクソノミーの開発のため、NSSの役割は重要であるとされた。

米国SECのスタッフから、IFRSと米国会計基準のXBRLタクソノミーの関係について、米国SECにおける作業計画の一環として対処が必要となるとの説明があった。IFRSタクソノミーは約2,500のタグのみであるが、米国会計基準のタクソノミーは約18,000あり、利用者が求める比較可能性の水準を図りながら慎重に検討していく必要があるとされた。

議長からは、XBRLは、数年後には非常に重要な役割を果たす可能性があり、注意深く見ていくべき問題であるとされた。

4.IAS第41号「農業」

マレーシアMASB(*4)から、IAS第41号「農業」における現行の会計処理の部分的な見直しの提案について説明が行われた。IAS第41号は、農業活動に関する会計処理や表示、開示を定める基準であり、収穫時点における農産物(agricultural produce)だけでなく、動植物などの生物資産(biological asset)についても公正価値による測定を求めている。MASBは、この生物資産を農産物として収穫されるか又はそれ自体で販売可能な生物資産である消費型生物資産(consumable bearer assets, 以下「CBA」)とそれ以外の果実生成型生物資産(bearer biological asset, 以下「BBA」)に分け、以下のような提案を行っていた。 

  • 成熟したBBA(例えば、ヤシの木やゴムの木)はCBA(例えば、パーム油や天然ゴム)の生産手段であり、有形固定資産と同様、IAS第41号でなくIAS第16号「有形固定資産」に従って会計処理する(すなわち、公正価値測定を行わない)。
  • 未成熟のBBAは、IAS第41号の公正価値測定又はIAS第16号における原価測定のいずれかを選択できることとする。

参加者からはMASBによる作業を支持する意見が多く見られたが、以下のような意見もあった。

  • 成熟したBBAを別個に会計処理することについては、環境や生物資産の種類によって難しさの程度に違いがある。例えば、MASBの提案が前提としているヤシの木などの樹木の場合には分かりやすいが、羊や乳牛など家畜の場合には成熟と未成熟をどの時点で分けるかが分かりづらく、適用がより困難となる可能性がある。
  • オーストラリアでは、BBAでもトレーディングのように扱っているものもある。このような見直しの試みは2004年に一度行ってはいる。ただし、その当時の公正価値の概念は今の概念とは異なるので、現在の公正価値の概念を前提に、このような見直しを進める価値はあるかもしれない。 
  • 本プロジェクトは、適用後のレビュー(Post-Implementation Review)がいかに機能するかを評価する上で良い例になる。2011年以降のIASBのアジェンダとすることに賛成であり、何らかのインプットをNSSとして提供できる固有の問題であるといえる。

議長より、さまざまな生物資産を考慮し、関連するNSSが協力してこの問題に取り組んではどうかとの提案がなされ、カナダやニュージーランドなどいくつかのNSSの協力を受け、MASBが引き続きこの見直しを続けることについて参加者から多くの支持があった。

5. 法人所得税

英国ASB、ドイツGASB及びEFRAGは、共同プロジェクトとしてIAS第12号「法人所得税」の見直しを進めている。今回のNSS会議では、プロジェクトの進捗と現状について報告が行われた。

IAS第12号は、米国におけるSFAS第109号「法人所得税の会計処理」(*5)を参考にIASBで開発され導入された基準であるが、複雑であり、適用しづらいといった懸念が寄せられている基準でもあり、それに従って提供される情報の有用性にも疑問があるとされている。ここでのプロジェクトの目的は、IAS第12号に代えて、概念的に適切で実務的にも機能する新たな基準を作るための提案を開発することとされている。ただし、今回の会議では、まだ検討段階であり、経過的な報告が行われるに留まった。

この報告の中では、法人所得税の財務報告について、以下のような検討を行っていることが説明された。 

  • IAS第12号の概念上及び運用上の問題の検討 
  • フロースルー・アプローチの長所と短所の検討
  • その他さまざまなアプローチの検討

フロースルー・アプローチは、財務諸表で認識される税金は当期の利益に関して算定された税金のみであり、将来の利益に課税される税金は将来事象であり現在の負債ではないとする考え方である。これについては、将来支払の発生が合理的に確かな場合であっても貸借対照表で何も認識されないこととなり不合理であるとして進めないこととされた。

また、さまざまなアプローチとして以下の2つの考え方を検討中であることが説明された。 

  • 評価調整(Valuation adjustment )アプローチ
    繰延税金資産、繰延税金負債を独立の資産・負債としてではなく、関連する資産・負債の評価勘定として考えるアプローチ
  • BETL・TEBLアプローチ
    取引事象が会計上と税務上のいずれで先に認識されるかにより異なる会計処理を考えるアプローチ

後者は、資産の再評価益など取引事象が税務上より会計上で先に認識されるもの(Book Earlier Tax Later(BETL)と加速度償却など取引事象が会計上より税務上で先に認識されるもの(Tax Earlier Book Later(TEBL)を分け、前者と後者で税務上のキャッシュ・フローの発生パターンが異なる点に着目し、繰延税金の資産性・負債性を説明しようとするアプローチである。

説明に続き、参加者から以下のような意見があった。

  •  何が税金に関する負債となるのか、どの時点で税金に係る負債が存在するとみなすべきなのかを検討することが重要である。 
  • 機能通貨や報告通貨などへの税の影響も含めて、更なる検討を行うべきである。
  • 税金の会計処理に対して利用者が何を望んでいるか、例えば将来の実効税率を利用者が望む理由などから検討を始めるべきである。

ASBJからは、ASB等により行われている分析は、負債サイドに主な焦点が当たっており、将来減算一時差異の多い我が国では資産サイドが問題となる。資産サイドも同じレベルで分析してはどうか、また、置き換えるほど優先度の高い問題があるのか疑問であるとの意見を述べた。

困難なプロジェクトであるが、議長からは引き続き作業を続け、その経過を報告するよう提案がなされていた。

6.IASBとFASBの概念フレームワーク・プロジェクトの進捗報告

米国FASBのスタッフより、概念フレームワーク・プロジェクトの目的と現状について、フェーズごとに以下のような説明がなされ、議長からは、当該プロジェクトは重要であり、引き続き進捗状況について留意する必要があるとの意見があった。

  • プロジェクトのフェーズA(目的及び質的特性)の最終成果物の公表を9月末に予定している。
  • フェーズD(報告企業)については、2010年3月に公開草案を公表しており、それに対するコメントを分析している段階であり、近くIASBにおいて再度議論が行われる予定。
  • フェーズC(測定)については、2011年上半期に公表するディスカッション・ペーパー(以下「DP」という。)の開発に際していくつか進捗があった。目的と質的特性を充足する測定基礎を選択するための指針の両審議会への提供など。
  • フェーズB(構成要素及び認識)は、しばらく活動していないが、次の半年ぐらいの間に再度アジェンダにのせる計画である。

7. 概念フレームワークへの貢献:会計単位

英国ASBから、NSSグループとして調査を引き受けることが決まった新たな概念フレームワーク・プロジェクト「会計単位(Unit of Account)」についての概要の説明がなされた。

前回4月のNSS会議において、IASBとFASBの概念フレームワーク・プロジェクトに対してNSSグループとして何らかの支援を行うことが提案された。それを受け、IASBとFASBからは、概念フレームワーク・プロジェクトにおける「測定」と「構成要素及び認識」のフェーズにまたがる論点として重要となりつつある「会計単位」の問題について調査が依頼されたものである。NSSグループとして当該論点に取り組み、1年を目途に報告書を作成し提出することを計画しているとの説明がなされた。

会計単位という用語は、会計基準上でよく出てくるものの、これまで概念的に十分に議論されてはこなかった。この問題は、例えば、金融商品の測定を個別商品又はポートフォリオで行うことにより差が出る場合があるが、どのような根拠を持ってそれらを決定すべきかどうかといったものである。その他にもこの会計単位のプロジェクト(結果として、認識、測定、表示に関連)に関係してくるであろう論点として次のようなものが例示されている。 

  • 収益認識における契約の結合・分割、履行義務の識別
  • リースにおける貸手の履行義務アプローチにおける資産
  • 固定資産における異なる耐用年数を持つ資産の構成要素の会計
  • 退職給付における年金資産と退職給付債務の総額又は純額表示
  • 保険契約の測定に際しての契約の境界線やアンバンドリング

このプロジェクトの目的は、これらの論点も踏まえ、「財務諸表を作成するために使用すべき集約(aggregation)のレベル(すなわち、会計単位)をどのように選択するかを決定する原則を開発すること」であるとの説明がなされた(なお、ここでの集約には分割(disaggregation)も含む)。

NSSグループから有志を募って行うこととされ、ASBJもこのプロジェクトへの参加を表明している。その他、英国、オーストラリア、カナダ、フランス、マレーシア、オランダが参加することを表明しているとの説明がなされた。

プロジェクトの進め方はボトムアップアプローチとトップダウンアプローチを検討しているとされ、実際の会議は開かず、メールや電話、ビデオ会議で進めるとの説明があった。

参加者からはASBJをはじめ、FASBやIASB、韓国など本プロジェクトを強く支持する意見が多かったが、以下のような意見もみられた。 

  • プロジェクトの目的が不明確であり、何の問題を解決しようとしているのか分からない。
  • あまりに学術的な研究になってしまう危険がないか懸念する。

上記に対して、収益や保険契約、リースなど、契約に基づく同一の取引相手に対するインフローとアウトフローを個別に考えるか、結びつけて考えるのか、それらをどのレベルで集約するかなどにより会計上の答えが変わってくるとの説明があり、また、この会計単位の問題の解決により、IASBとFASBの将来の基準設定はより効率的になるであろうとの説明もあった。

困難はあるものの、プロジェクトを進め、次回のNSS会議で経過を報告することとされた。

8. IPSASB概念フレームワーク・プロジェクト:測定

IPSASBと英国ASBのスタッフにより、IPSASBで行っている公的セクターの財務報告に関する概念フレームワークの開発状況の報告が行われた。現在、測定に関するコンサルテーション・ペーパー(以下「CP」という。)を作成しており、その作業の状況を中心に説明がなされた。

複数の測定基礎(取得原価、市場価値、再調達原価など)の一般的な特徴と分析について説明がなされ、IPSASBでは、あるべき測定属性として、入口価値(再調達原価)と出口価値(回収可能価額)を選択的に適用する剥奪価値(Deprival value)という考え方を用いたモデルを提案しているとの説明がなされた。

NSS参加者からは、以下のような意見があった。
 

  • 公的セクターにおける財務報告の目的と選択すべき測定基礎の検討を結びつける必要がある。
  • 公的セクターにおける財務報告の主たる利用者の違いにより、情報のニーズに重要な影響を及ぼし、適用すべき測定基礎にも影響し得るという点を強調してはどうか。
  • 多くの測定基礎の長所・短所を説明する分析をさらに行うべき。特に、剥奪価値の分析が不十分に見える。また、再調達原価も実務上の問題と一緒に分析すべきである。

なお、このCPは、2010年11月に行われるIPSASBの会議で取り上げ、公表を検討する予定であるとされた。

9. 財務報告に関する測定フレームワークに向けて

カナダAcSBは、IASBとFASBの概念フレームワーク・プロジェクト(前記6.参照)への貢献のため、財務報告における測定に関する概念フレームワークの開発のためのアプローチを検討している。

前回のNSS会議では、事業資産を前提に、測定の原則として、①当該資産を現金生成過程におけるインプット資産やアウトプット資産を基礎として認識し測定する、②その過程における付加価値は純額のアウトプット資産が生み出された時に認識する、③現金生成過程へのインプット資産は、基本的に取得が見込まれる市場の価格で測定するという3つの原則を提示していた。これに対して会議では、現金生成過程を過度に強調していることや、モデルが金融資産に拡張し得るものかどうかなどの意見が各参加者から行われ、引き続き検討を続けることとされていた。

今回の会議では、AcSBから、前回の意見やその後に受け取ったコメントを踏まえ、金融資産へのモデルの拡張など引き続き開発中であることが説明されたが、報告に留まり、新たなモデルの提案は次回のNSS会議で報告するとされた。

10. 財務報告に関する測定フレームワークに向けて―代替的見解

フランスの会計専門家であり過去にEFRAGの技術専門家グループ(TEG)のメンバーでもあったAndreas Bezold氏より、上記9のカナダAcSBによる測定のフレームワークに関する提案への代替的な見解が示された。

財務報告の目的を営利企業の現金生成活動と捉え、当該現金生成活動を測定概念の中心に据え、非現金資源のインプットとアウトプットとの関係に基づく論理を構築することが主張された。AcSBの提案では、市場価格とインプットの関係についての分析が必ずしも十分でないとし、ここでは、市場価格は、その変動がキャッシュ・フローの変動に繋がる場合にのみ会計上の報告の原因事象(causal event)となると説明された。公正価値の関連性(relevance)に懸念を示す内容となっており、市場価格の信頼性や、市場価格の変動と測定すべき経済資源との因果関係などについて問題提起が行われた。

財務報告における測定の目的は、この現金生成活動を中心に据え、事業活動の正味キャッシュ・フローの生成過程への非現金資源の貢献を決定することと説明がなされた。また、この非現金資源の貢献は、それらの現金生成過程における機能(インプット(使用)か又はアウトプット(保有又は売却)か)によるとされた。

この提案について、参加者から、IASBとFASBで測定に関して検討している方向性とある程度整合しているという意見もあったが、以下のような指摘もあった。
 

  • 市場が常に効率的とは限らず、市場価格が常に適切とは限らないという主張は理解できるが、市場価格の変動は、キャッシュ・フローが目前に迫った段階でのみ測定にとって有用となるという主張は飛躍しすぎである。取得原価の側にも不合理な要素は含んでいる。 
  • 市場が効率的でなければ市場価格の変動がノイズであると言っているに等しい。公正価値についても問題があるのは承知しているが、それをもって取得原価の配分額がより適切な情報であるということには必ずしもならない。

議長から、測定に関してはさまざまな見解があり得、この議論は引き続き長く行うことになるであろうとされた。

11. 共通支配下取引

IFRSには、現在、共通支配下取引の会計処理に関する指針が整備されていない。これについて韓国やイタリアなどで問題が生じているとされ、IASBからの依頼を受け、共通支配下の会計処理に関する指針の整備のための調査を行っている。前回のNSS会議では韓国会計基準委員会(KASB)から、その時点までのKASBの取組みや調査の状況について説明が行われた。今回の会議では、イタリアOICとEFRAGから、共通支配下の企業結合に関する共同プロジェクトについての背景と進捗の説明がなされた。プロジェクトでは、譲受人(すなわち、事業を取得する報告企業)の帳簿上の当初測定に焦点を当てて検討しており、連結の観点と個別の観点の両方の検討を含んでいるとされ、主として以下の3つの分析の実施状況が報告された。 

  • 共通支配下取引の主要な特徴(関連当事者の存在やアームスレングスによる取引価格の欠如、譲渡人と譲受人の交換の性質(事業と支払対価)など)の分析に基づく問題の識別
  • 概念フレームワークに照らした共通支配下取引の性質の検討(会計の主体を資本主と企業自体のいずれから見るかという会計主体論の観点からの分析を含む)
  • 連結財務諸表と個別財務諸表の両者の観点からの分析(共通支配下取引が連結か個別かにより問題が異なり得るかどうかの検討)

いずれの分析も中途の段階であるとされ、連結と個別の観点についても、両者で異なる会計処理方法を適用し得るとする意見もあるものの引き続き検討中であるとの説明がなされた。

参加者からは以下のような意見や議論がなされた。

  • 1点目の分析について、交換があるのかどうかに十分に焦点を当てて分析すべきであり、この領域におけるIPSASBの作業も参考になるといった提案がなされた。さらに、IPSASBのスタッフから、交換と非交換の区別を評価することの難しさに留意する必要があるとの意見があった。
  • 実際に共通支配下取引がどの程度実務で問題となっているか疑問であるとの意見もあった。これに対して、OICからはビック4と呼ばれる会計事務所の文献でも取扱いにばらつきが見られ、実際に問題は生じていると考えているとの回答がなされた。南アフリカ共和国からの参加者からも、実際に現在でも問題は生じているとの説明があった。

OICとEFRAGから、2010年の終わりまでにこの論点を取り扱うディスカッション・ペーパーのドラフトを開発する予定であることが説明された。

12. 会計基準の影響分析

2009年のNSS会議から継続して行われている案件である。英国ASB及びEFRAGが中心になって、会計基準の影響を体系的な分析するためのフレームワークの開発が進められており、2010年4月に行われた前回の会議では、影響分析に際しての「影響」の具体的な意味や、影響分析における原則に関する実行可能性を確保するための修正などが行われ、DPの公表のため作業を続けるとされていた。今回の会議では、そのDPのドラフトが提示された。DPでは、基準設定のデュープロセスに会計基準の影響をどのように統合し、組み込むことが可能かどうかを検討するための提案が記述されている。DPで取り上げている主な項目は以下のとおりである。 

  •  「影響度分析」の概念に関する検討 
  • 「影響」の概念に関する検討
  •  影響度分析を実施するに当たっての主な原則
  •  影響度分析の実務
  •  今後の方向性

DP公表の目的は、会計基準の開発や導入に際して、その基準設定(主としてIASB)のデュープロセスに、当該会計基準の影響を検討する規則的なアプローチをどのように統合し、さらに組み込むことができるかどうかについて広く公の場で議論を喚起することにあるとされている。

参加者からは、DPのドラフトを概ね支持するとの意見がある一方で、以下のような意見もあった。 

  • どの影響を検討すべきか、また、どのように基準設定主体がそれに取り組んでいくことになるのか疑問である。DPではいくつか例を設けて説明すべきである。
  • 既に特定の地域(オーストラリアや英国など)では基準設定に際して実際に行われているものであり、検討すべき例となるだろう。
  • 経済的な帰結が影響分析の中心でなければならない。特にDPでは、会計の品質といった観点からだけでなく、さまざまな事象への影響の観点から目的を達成しているかを検討すべきである。
  • 影響分析とは何かという質問だけでなく、誰が引き受けるかという質問もDPに含めるべきである。

ASBJからは、当該影響分析の客観性を担保するためには、第三者機関を設定し、評価を受けることが有用となるのではとの意見を述べた。

このDPは英国ASBとEFRAGのTEGで議論しており、2010年末に公表が予定されているとされ、上記のような意見を踏まえて検討し、公表手続を進めることとされた。

13. IFRS第2号のレビュー・プロジェクト

前回4月のNSS会議に引き続き、フランスANCから現行のIFRS第2号「株式報酬」の改善に関する取組みの状況について説明が行われた。

IFRS第2号は、受け取った勤務を表現することを目的として付与日公正価値を用いて権利確定期間にわたる費用の認識を行うこととしているが、権利確定条件の会計処理(取消しや失効)などとの間で不整合があると言われている。ANCは、IASBからの依頼を受け、2009年から継続してこのIFRS第2号の見直しに取り組んでおり、現行基準の基礎となる原則を明確にし、上記のような処理の取扱いをより整合的なものとするため基準の改訂案を開発している。

前回4月の会議では、ANCから、株式報酬に関する測定アプローチとして、IFRS第2号で採用されている修正付与日法に代わる2つのアプローチが示されていた。 

  • 勤務単位アプローチ(Unit of service approach)
    実際に支払ったか否かにかかわらず、受け取ったサービスを報酬費用として表すとするアプローチ。権利確定期間中の権利失効、条件変更及び取消しは、それまでの期間のサービスには影響させない。 
  • 支払アプローチ(Payment approach)
    実際にサービスを受け取ったか否かにかかわらず、支払ったサービスを報酬費用として表すとするアプローチ。この方法では、すべての権利確定条件が満たされた場合にのみ受け取られたものとみなされる。権利失効、条件変更及び取消しは累積報酬費用の修正として取扱われる。

今回の会議では、ANCからその後のプロジェクトの進捗状況についての報告がなされ、IFRS第2号の基礎となる原則の明確化などのプロジェクトの目的の再確認が行われた。

ANCでは、いずれのアプローチが適切かについてコンセンサスには依然達していないとされ、また、概念フレームワークに基づく分析によっても決定的な根拠は見出せなかったとの説明がなされた。

時間的制約から多くの議論は行われなかったが、IASBのスタッフからは、ANCの現在までの作業は、IFRS第2号の多くの問題を強調しており、IFRS解釈指針委員会で議論するのによい論点であり、今後の委員会で作業結果を提示してはどうかとの提案がなされた。

議長からも、IFRS解釈指針委員会で取り上げることにより更なる進展が得られることを期待する旨が述べられ締めくくられた。

今回の会議で議論された多くの項目は、引き続き次回以降の会議でも取り上げられることになると考えられる。会議の最後に、Mackintosh議長から6年間この会議の議長を務めてきたが、2011年1月でASBの議長を退任するため、今後、新しい議長の選任を検討する予定であることが説明された。

次回の会議は、2011年3月に米国のニューヨークで開催される予定である。

以上


  1. なお、2010年10月、同氏は、国際財務報告基準財団より2011年7月以降のIASBの副議長として指名されたことを受け、英国ASBの議長を退任している。
  2. 作業計画では、(1)IFRSの質が十分に高く、整合的に適用され得るか、(2)IASBによる基準設定が投資家のために行われており、独立性が確保されているか、(3)IFRSへの投資家の理解が十分か、(4)税法、その他の規制等に対してどのような影響があるか、(5)企業の会計システム、契約条項、コーポレートガバナンス、訴訟等に対して、企業の規模に応じてどのような影響があるか、(6)教育等を通じて会計実務家等の準備が十分か、という6つの事項が挙げられ、それぞれについて詳細に説明されている。
  3. 2010年10月29日、米国SECからこの作業計画に関する進捗報告が公表されている(http://www.sec.gov/news/press/2010/2010-207.htm)。
  4. マレーシアでは、2008年にIFRSとの完全なコンバージェンスを2012年までに進めることを決定している。
  5. 現在は、FASB Accounting Standards Codification (TM) (FASBによる会計基準のコード化体系)のTopic 740「法人所得税」に含まれている。