ASBJ 企業会計基準委員会

第11回NSS会議報告

Ⅰ. はじめに

各国基準設定主体(NSS)会議は、世界各国の会計基準設定主体や財務報告関係機関が集まって、各設定主体が取り組んでいる研究プロジェクトに関する議論や国際会計基準審議会(IASB)の基準開発へのインプットやサポートを行うための会議である。年2回、春と秋に定期的に開催されており、今回は、2011年3月24日と25日の2日間にわたりニューヨークで開催された。

今回から新たに、カナダ会計基準審議会(AcSB)の前議長Tricia O’Malley氏が議長を務め、会議が進められた。前回まで、英国会計基準審議会(ASB)の前議長Ian Mackintosh氏が議長を務めていたが、同氏は、2010年10月に、国際財務報告基準(IFRS)財団より2011年7月以降のIASBの副議長に任命されたことを受け、この会議の議長を退任している。

日本、米国(ホスト国)、カナダ、英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、オーストリア、オランダ、ベルギー、ノルウェー、スイス、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド、シンガポール、マレーシア、香港、台湾、サウジアラビア、スーダン、南アフリカ、シリア、メキシコの計26か国の会計基準設定主体に加え、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)、国際公会計基準審議会(IPSASB)及びIASBからの参加者を合わせ、合計で62名が参加して行われた。企業会計基準委員会(ASBJ)からは、加藤副委員長及び吉岡研究員が参加した。

Ⅱ. 今回のNSS会議の概要

No 議題 担当
3月24日(木)
1 IASB作業計画 カナダAcSB
2 IAS第41号「農業」 マレーシア会計基準審議会(MASB)
3 財務報告における事業モデル EFRAG
4 適用後レビュー IASB
5 開示フレームワーク EFRAG
6 開示及び表示の再考 オーストラリア会計基準審議会(AASB)
3月25日(金)
7 各国の時事的な問題(topical issue) 各国
8 共通支配下における企業結合 EFRAG
9 各地域グループからの報告
-アジア・オセアニア会計基準設定主体グループ(AOSSG)-EFRAG
ASBJ/オーストラリアAASB
EFRAG
10 各国の基準設定主体のフレームワーク オーストラリアAASB
11 NSS会議の運営について O’Malley議長

1.IASB作業計画

カナダAcSBから、前回のNSS会議(2010年9月)以降現在までのIASBにおける基準開発等の状況について説明が行われ、以下の項目を中心に、議論が行われた。

  • 金融商品プロジェクト(金融資産の減損、ヘッジ会計、コンバージェンスの取組み)
  • その他のMoUプロジェクト(収益認識、リース)

会議に参加していた米国財務会計基準審議会(FASB)の議長やIASBのディレクターからも、上記についての直近の審議状況のアップデートがなされた。

金融商品プロジェクト

金融資産の減損

IASBとFASBが、2011年1月に公表した補足文書「金融商品:減損」における提案内容について、参加者の間で次のような議論が行われた。この補足文書は、過去に両者が別々に公表した公開草案の補足として公表されたものであり、金融資産の減損の認識に関して共通のアプローチが提案されている。

  • ASBJから、補足文書で提案している減損モデルについて、グッドブックとバットブックの区別や期間比例配分法の考え方は支持しているものの、「将来予見可能な期間(foreseeable future)」の考え方や、常にフロアを設けることには懸念があると述べた。「将来予見可能な期間」に代えて、「近い将来期間(near-term)」に予想される信用損失と、期間比例配分法による信用損失のいずれか高い方を用いて減損金額を算定する方法を代替案として示した。
  • EFRAGの議長からも、「予見可能な期間」や「予想損失」の意味が不明確であり、適切に定義されなければ、各国の規制当局などにより異なる意味で捉えられ、異なる解釈となり得るとの意見があった。
  • 上記に対して、FASBの議長からは、それらの用語が何を意味するのか明確化が必要と認識しており、予想損失については、この会議の直前に行われたIASBとFASBの合同会議で議論したことが紹介された。また、グッドブックとバットブックをどのように区別するかなどの課題もあるとの説明がなされた。
  • オーストラリアAASBの議長より、補足文書でも対処されていない公開草案段階での問題(例えば、変動金利の貸付金など)が多くあり、それらについての議論は予定しているかとの質問があった。これに対し、IASBのディレクターから、6月までに議論する予定であるとの説明がなされた。
  • このほか、多くの参加者から、IASBとFASBとで最終的にコンバージェンスされた基準を強く望んでいるとの意見があった。

ヘッジ会計

2010年12月に、IASBは、公開草案「ヘッジ会計」を公表しており、2011年2月には、FASBからも、IASBの公開草案の提案について意見を求めるディスカッション・ペーパーが公表されている。これらについて、FASBの議長から、IASBの提案は、現行実務を大きく変える内容を含んでおり、FASBにとって、コンバージェンスのための適切な基礎となるか検討していく予定であるとされた。また、ディスカッション・ペーパーに対するコメントも踏まえ、今後、IASBの議論に加わることを予定している、との説明があった。 

参加者からは以下のような意見があった。

  • EFRAGの議長より、IAS第39号を置き換えることの必要性は認識しているものの、マクロヘッジを検討する前に基準化すべきではなく、また、FASBとの間で、コンバージェンスのための共通のタイムテーブルを持って進める必要がある、との意見があった。
  • ASBJからは、その他の包括利益(OCI)を通じて公正価値で測定される資本性金融商品について、リサイクリングを許容しないとしたことと、ヘッジ会計において純利益を強調して、ヘッジ会計の適用を認めないこととしたことには矛盾があり、OCIのリサイクリング自体の再検討が必要であると述べた。
  • 上記の意見に対しては、IASBのディレクターから、IASBの中でも様々な意見があり、もともと戦略投資を意図して作ったものであり、むしろそのカテゴリーを削除すべき、という理事もいる、との意見があった。また、別のIASBの理事からは、主張は理解できるが、このプロジェクトでOCIのリサイクリングに対処すべきとは考えていないとの意見もあった。
  • そのほか、今後の再審議の過程では、公開草案で提示した概念を明確化する作業に資源を集中すべきであるといった意見や、マクロヘッジの検討は、通常のヘッジと同時に、整合的に検討を進めるべきといった意見などがあった。

コンバージェンスの取組み

IASBとFASBの間のコンバージェンスの取組みについて、次のような議論が行われた。

  • FASBの議長より、FASBでは、金融商品プロジェクトについて、2010年5月に公表した公開草案に寄せられたコメントを踏まえ、分類及び測定に関しても再審議を行っており、暫定決定の内容を今後公表して意見を求める予定であるとの説明があった。
  • EFRAGの議長からは、IFRS第9号「金融商品」について、フェーズ1の成果についても問題があり、問題を十分に解決できなければ適用は難しい、といった意見があった。
  • フランスANCの議長から、プロジェクト間で関連する問題は、整合的に対処すべきであり、そのためにプロジェクトが遅れることはやむを得ないとの意見があった。
  • オーストラリアAASBの議長からは、アジア・オセアニア地域の多くの国や地域は、現在、IFRSへの移行に多大な労力を要しており、コンバージェンスが必ずしも最優先の事項ではなく、ペースダウンは不可欠であるとの意見が述べられた。
  • IASBの理事からは、2011年6月30日という期日のために、品質を犠牲にしてまで議決して進めることはないといった説明があり、また、FASBの議長からも、2011年6月はあくまで目標期日(target date)であり、重要なコメントを受ければ、適切かつ適用可能(implementable)な基準となるまで完了させることはないとの説明があった。
  • 英国ASBからは、G20の提言では、2011年末までのコンバージェンス・プロジェクトの完了を示しており、これを達成するよう取り組む必要がある、との意見があり、前NSS議長からも、高品質でグローバルな基準を、適時に開発する必要性が強調された。
その他のMoUプロジェクト

2010 年6月と8月にIASBとFASBから公表された公開草案「顧客との契約から生じる収益」と公開草案「リース」について、寄せられた多くのコメントを踏まえ、IASBとFASBでは、現在、それらの再審議を行っている。

FASBの議長から、収益認識について、非常に詳細な再審議計画を設けて議論を進めているとの説明があり、また、IASBのディレクターからは、それぞれのプロジェクトの課題などが説明された。例えば、収益認識では、変動対価など、他のプロジェクトと関連する論点が難しく、同じ専門用語を用いて検討しようとしており、同じ契約で別の専門用語を用いて別個に評価するといった事態は避けるよう検討しているとの説明があった。また、リースでは、貸手と借手の整合性とリースと収益認識の整合性を同時に達成していくことが難しいことなどが説明された。 

参加者からは、主に次のような意見があった。

  • フランスANCの議長からは、収益認識に関する再審議の状況について、連続的移転の取扱いをより明確化する必要があり、暫定決定された内容では、具体的にどう適用するのか難しいとの意見があった。
  • 香港HKICPAの参加者から、リースについて、最近の暫定決定内容を関係者に説明することが非常に困難になっている、との意見があった。

上記のほか、保険契約に関しては、FASBの議長から、中心的な問題を一緒に検討しているが、依然多くの対処すべき問題があると述べられ、IASBのディレクターからも割引率やリスクマージン、ボラティリティなどが大きな課題としてある、との意見があった。

議長からは、これらの検討・開発状況について、IASBとFASBで重要な変更を行った場合には、それを公表し、意見を求めるべきであること、また、さまざまな問題について横断的に検討することが重要であることが強調された。

2. IAS第41号「農業」 

マレーシアMASBは、IAS第41号「農業」における現行の会計処理(*1)についての部分的な見直しを検討している。MASBは、生物資産の中には、ヤシの木など、有形固定資産と類似した特徴を持つものがあり、それらを一律に公正価値で測定することを求めるIAS第41号の定めは適当ではないと考えている。前回の会議では、そのような生物資産を、農産物として収穫されるか、それ自体で販売可能な消費型生物資産(consumable bearer assets, 以下「CBA」という。)以外の生物資産として、果実生成型生物資産(bearer biological asset、以下「BBA」という。)と定義し、このBBAに焦点を当て、次のような提案を行っていた。

  • 未成熟のBBAは、IAS第41号の公正価値測定又はIAS第16号における原価測定のいずれかを選択できることとする。
  • 成熟したBBA(例えば、ヤシの木やゴムの木)は、CBA(例えば、パーム油や天然ゴム)の生産手段であり、有形固定資産と同様、IAS第16号「有形固定資産」に従って会計処理する(すなわち、公正価値測定を行わない)。

前回の会議では、この提案に対して、成熟と未成熟を分けることが困難な羊や乳牛といった家畜(livestock)にどう適用するかが不明確、という意見があり、今回の会議では、そのような生物資産も考慮した提案が提示された。BBAのうち、乳牛のようなCBAに転用可能なBBAについては、いずれは売却されるか収穫され、また、残存価値が重要である場合もあることから、減価償却よりも公正価値測定が適切と考えられるとし、そのような資産を「CBBA(consumable bearer biological asset)」として分類し、CBAと同様、IAS第41号の範囲に含め、公正価値で測定することが追加で提案された。

このほか、経営者の意図を排除した「事業モデル」(収益を生むための保有か、売却・収穫のための保有か)に基づき会計処理を分ける代替案なども紹介された。 

参加者からは、以下のような意見があった。

  • 多くの国や地域で同様の懸念があり、IAS第41号の適用後レビューに含めてはどうか(NSS議長)。 
  • IASBの2011年後のアジェンダの見直しの中で検討されることになる問題であることは明らかであり、MASBは十分に開発を行ってきている(IASBディレクター)。 
  • IAS第41号は、初期の公正価値測定の基準の一つであり、最近のIASBの公正価値プロジェクトの考えと異なっているため検討が必要である(オーストラリアAASB)。

上記のほか、BBAにIAS第16号を適用する提案は自明ではなく、減損などが問題となるといった意見や、代替案のアプローチをもう少し検討してはどうか、といった意見もあったが、参加者の多くは、このMASBの取り組みを支持しており、ブラジルやメキシコの参加者からもラテンアメリカでも重要な問題であり、強く支持するとの意見があった。

3. 財務報告における事業モデル 

EFRAGでは、IASBに対するインプットの提供を目的としたプロアクティブな活動の一環として、財務報告における事業モデルという概念の役割について、プロジェクトを立ち上げ検討している。

「事業モデル(business model)」という概念は、IFRS第9号や2010年12月に改訂されたIAS第12号「法人所得税」など、最近のIASBの基準やプロジェクトのなかでいくつか見られるようになってきている。一方で、この用語自体の定義はなく、その意味も必ずしも明らかではない。EFRAGでは、英国ASB及びフランスANCが中心となって、この「事業モデル」の概念を調査し、IASBの今後の検討に対するインプットを提供することを目的に、このテーマをプロジェクトして取り上げたとの説明がなされた。まだ立ち上げ段階であり、先行研究(*2)も踏まえつつ、今後、以下の問題をより詳細に検討していく予定であるとされた。

  • 定義の開発
  • 事業モデルを分類するための用語の識別(さまざまな業種にある数多くの事業モデルの異同の検証)
  • 財務報告における認識、測定、表示及び開示に事業モデルが及ぼす影響(概念レベル、個別基準レベルでの検討)

会議では、参加者から以下のような意見があった。

  • 価値のあるプロジェクトであり、開示に対しても影響を及ぼす可能性もある。ただし、純粋に単一の事業モデルのみをもつ企業はほとんどなく、多くは複数のモデルを有しており、集約すると意味をなさなくなる場合もある(ノルウェー)。
  • 時宜にかなった有意義なトピックであるが、事業モデルを構成しないものは何か、何が事業モデルの変化となるかが難しい(シンガポール)。
  • IPSASBでは、「事業モデル」という用語を使っていない。非常に範囲が広く、ばらつきのある用語であり、公会計では、多くの異なるモデルがある。むしろ「取引」に焦点を当てる方がよい(IPSASB)。
  • この概念の検討を支持するが、事業モデルの概念が適当でない状況を把握するのに役立つ概念でもあるべき(IASBディレクター)。
  • 「事業モデル」の概念が、異なる会計処理を行うための手段として広く用いられることになることを懸念する。会計単位の問題と似ている。皆が、会計単位が問題というが、「会計単位」が何を意味するかは必ずしも明確ではない(FASB理事)。

調査を進めることについては、参加者から概ね支持が見られ、EFRAGからは、今後、本プロジェクトの成果物としてディスカッション・ペーパーの公表を予定しているとの説明がなされた。

4.適用後レビュー 

IASBは、2006年11月のIFRS第8号「事業セグメント」の公表と同時に、会計基準の適用後レビュー(post-implementation review)を行うことを約束し、2008年のIFRS財団によるデュー・プロセス・ハンドブックの改訂を経て、2011年下期から順次、実施していくこととしている。まずは、2011年下期から2012年にかけて、IFRS第8号と改正IFRS第3号「企業結合」を対象として、適用後レビューが開始される予定であり、現在、IASBで適用後レビューの作業計画の策定が進められている。

このような中、今回の会議では、IASBのディレクターより、適用後レビューの作業計画案についての説明がなされ、この取り組みについて、参加者との間で意見交換が行われた。

参加者からの主な意見は以下のとおりである。

  • 適用後レビューの目的(*3)をより広く設定すべきであり、適用に際してのコストや便益、基準が利用者にとって有用なものとなっているかなども検討に含めるべき(英国ASB)
  • 米国でも、基準の適用上の問題をモニターし、関連する基準の影響を広範にレビューすることを目的に、同様のプロセスを整備しており、特に後者の機能は、米国では、財務会計財団(FAF)のレベルで行われることになっている。ただ、FASBもIASBも時間や資源の制約があり、あまりに多くの資源が取られることには懸念する(FASB議長)。
  • 基準の適用後に、意図せざる結果が生じていないかどうかを確かめることは重要であり、商品が意図していた通りに適切に引き渡されていることを確かめるためには何らかの規準が必要である(フランスANC議長)。

ASBJからは、例えば、基準適用から1年後にパイロットレビューを実施してはどうか、との提案を行った。また、2012年に東京に開設が予定されているサテライトオフィスも活用していくことで、より効率的かつ効果的に適用後レビューが実施できるのではないか、との意見を述べた。

IASBのディレクターから、IFRSにおける問題を識別するための手段は、他にも解釈指針や年次改善などのプロセスもあるが、この適用後レビューのプロセスは、より積極的に特定の基準に関する問題を把握し、見直すための手段であるとの説明があった。また、各国のNSSは、各国で生じるIFRSに関する問題を把握し、IASBにアドバイスできる最良の立場にあるとされ、参加者からも、NSSとして積極的に関与すべきとの意見が多く見られた。

IASBのディレクターから、ここで得たフィードバックは、他の会議におけるフィードバックと合わせ、IASBの今後の会議で提示し、議論する予定であると説明された。

5. 開示フレームワーク

IFRSに準拠した財務諸表の作成に際しては、多くの開示要件が定められており、その数は膨大なものとなっている。作成者などからの開示の削減要請は日々強くなっているものの、何を削減すべきかについての統一した見解がない状況にある。このような認識のもと、EFRAGでは、プロアクティブな活動の一環として、財務諸表の注記に関する開示フレームワークの開発に取り組んでおり、その現状について説明がなされた。

EFRAGのディレクターより、このプロジェクトにおいて、今後、次の3つの項目を検討していく予定であることが説明された。

  • 財務諸表の注記の目的と機能の明確化
  • 選択と表示(display)に関する原則の開発
  • 重要性の概念の強化

上記の原則の開発については、その質的特性として、IASBの概念フレームワークにおける質的特性を参考に、予備的な結論として、目的適合性、忠実な表現及び理解可能性を基本的な質的特性とし、検証可能性、適時性及び比較可能性を補完的な質的特性として考えていることも説明された。 

これに対して、参加者から以下のような意見があった。
 

  • 国や地域によっては規制当局により包括的に開示要件が定められているところもあればそうでないところもあり、あまり細かく定めるべきでない。また、経営者の言明(Management commentary)と注記をどう分けるかも難しい(IASB理事)。 
  • 現行の開示項目は、単独ではそれぞれ重要だが、まとめた場合に情報として有用かどうかは定かではない。南アフリカでは、類似の試みとして、ディスカッション・ペーパー「統合報告と統合報告書に関するフレームワーク」を公表しており、開示の質的特性なども検討している(南アフリカ勅許会計士協会(SAICA))。
  • ASBJからは、開示のフレームワークでは、IASBの概念フレームワークで補完的な質的特性とされている「理解可能性」を、基本的な質的特性に変更することを提案しているが、概念フレームワークと整合しなくなるので、変更しない方が良いと述べた。これに対しては、EFRAGのディレクターからは、どのように開示するかという点が、ここでは重要であり、理解可能性が重要と考えているといった説明があった。

6.開示及び表示の再考

オーストラリアAASBの議長より、開示及び表示の再考(re-thinking)と題した研究の概要が報告された。財務報告における認識や測定に関する概念的なフレームワークが整備されている一方で、開示や表示についてのフレームワークは十分に開発されていないことから、それらの考え方を再考することが目的であると説明された。前述のEFRAGのプロジェクトと類似しているが、より概念的な検討であり、かつ、表示も対象に含めている点が異なっている。

開示の量と複雑性を低減しつつ、いかに利用者にとっての有用性を高めるかが課題であること、開示と表示は目的志向のものとなるべきであること、さらには、利用者に対して伝えるべきものはなにか、という視点から答えを検討していくべきであるとの説明がなされ、これらの視点から、利用者の情報ニーズを踏まえた、情報の表示方法を左右する原則の開発を検討していると説明された。また、この原則について、現時点の案として、以下の5つが示された。

  • 原則1 支払能力(solvency)…期限到来時に自らの義務を果たす能力
  • 原則2 財務的柔軟性(financial flexibility)…財務構造を変更できる柔軟性
  • 原則3 経営上の適応性(operational adaptability)…環境の変化に経営を適応させる能力
  • 原則4 事業の持続可能性(sustainability of business)…採用している事業モデルの持続可能性
  • 原則5 経営上の能力(operational capability)…経営目的を達成する能力(利益の稼得、サービスの提供又はそれらの組合せのいずれで示されるかにかかわらない)

提示された原則や考え方について、参加者から以下のような意見があった。

  • 5つの原則は、互いに必ずしも独立したものではないように見える。原則1、4及び5は、現在の活動を理解する際に、原則2及び3は、事業の能力を維持できるかどうかを理解する際に役立つものとして分けることが可能であろう(FASB理事)。
  • 原則1と4は、財政の持続可能性などに関連し、財務報告の境界に重要な影響を及ぼす可能性がある(IPSASB)。
  • リスクに関連した原則が見られない(英国ASB)。(これに対して、AASB議長からは、持続可能性に関する情報の変動に黙示的に含まれていると回答がなされた。)

7. 各国の時事的な問題

2010年4月のNSS会議で初めて議題として取り上げられた項目であり、IFRSの適用に際して、各国で直面している問題や懸念等について参加者間で情報共有を図り、IASBに対して情報のインプットを行うことを目的として設けられたものである。

今回の会議では、各国から以下のような論点が挙げられ、議論が行われた。

  • IAS第12号「法人所得税」に対する修正提案(ニュージーランド会計基準委員会)
  • 共通支配下取引(韓国KASB)
  • 組込デリバティブの分離に関する原則ベースのアプローチ(EFRAG)
  • IFRS解釈指針委員会における検討予定項目の一覧(IASBディレクター)
IAS第12号「法人所得税」に対する修正提案(ニュージーランド)

有形固定資産が再評価され、再評価益が生じる場合、税務上の一時差異であれば、IAS第12号に従って、繰延税金負債が認識されることになる。ニュージーランドでも、有形固定資産の再評価が実務で行われているが、キャピタル・ゲイン課税がなく、売却をすればこの再評価益分の追加的な税金支払いは生じないことから、その繰延税金負債を認識することに対して懸念が生じていることが説明された。

同様の問題は、キャピタル・ゲインによる所得に対する税率が通常所得に対するものと異なる香港や南アフリカ共和国などでも生じ得るが、2010年12月に公表されたIAS第12号「法人所得税」の改訂で、IAS第40号の対象となる投資不動産についての例外規定が設けられたことから、この問題への一定の対処がなされている。ニュージーランドにおける懸念の対象は、投資不動産ではなく有形固定資産であるため、上記の改訂では対処されず、今回の課題として提起されたものである。
 この問題については、英国ASBから、そこまで重大ではないものの、英国でも類似の問題があるとの意見があったが、時間の制約もあり、あまり多くの議論はなされなかった。

共通支配下取引(韓国)

後述「8.共通支配下における企業結合」を参照。

組込デリバティブの分離に対する原則ベースのアプローチ(EFRAG)

IFRS第9号では、IAS第39号における組込デリバティブの分離規定の複雑性に対処すべく、金融資産について当該規定を削除している。これにより、組込デリバティブを含む金融資産は、契約全体で、償却原価又は公正価値のいずれかで測定されることとなったが、このような改訂については、分離せずに契約全体で判定することで、契約全体が公正価値で測定すべきとなってしまう金融資産が生じる可能性があることに、一部の欧州関係者の間で懸念が生じているとの説明がなされた。対処策として、EFRAGからは、IFRS第9号を改訂し、組込デリバティブの分離に関する原則ベースのアプローチ(IFRS第9号の金融資産の分類及び測定に関する商品特性の要件と事業モデルの要件を用いて、主契約の構成要素を別個に識別でき、信頼性をもって測定できる場合に、当該構成要素を償却原価で測定し、デリバティブを公正価値で測定するとするアプローチ)を導入することが提案された。

EFRAGからは、このようなアプローチで、資産と負債とに整合的な分類テストを求めることで、会計処理を単純化でき、また、分離に関する従前のルールベースの規定を、より原則ベースの規定に置き換えることも可能となるとしている。

議長からは、IFRS第9号を採用している地域が、この問題の解決策を持っている可能性があると示唆されたが、関係する参加者(香港、オーストラリア、南アフリカ)からは、それぞれの国や地域における主要な銀行は、まだ、IFRS第9号の早期適用をしていないとの説明があった。

この問題については、次回の会議で、より具体的な事例をもって再度取り上げることが示唆されていた。

IFRS解釈指針委員会における検討予定項目の一覧(IASBディレクター)

IFRS解釈指針委員会では、各国から寄せられたIFRSの適用上のさまざまな解釈の問題について検討している。IASBのディレクターより、現在、委員会に寄せられている解釈上の問題の一覧が示され、各案件について簡単な説明が行われた。今回一覧として示された項目は以下のとおりである。

  • IFRS第2号「株式報酬」:報酬の分類に影響する条件変更
  • IFRS第3号「企業結合」:新規設立企業を含む企業結合における取得者の識別に影響を及ぼす要因
  • IAS第19号「従業員給付」:権利確定条件を伴う確定拠出制度
  • IAS第27号「連結及び個別財務諸表」:共同支配企業又は関連会社に対する拠出、個別財務諸表におけるグループ再編成
  • IAS第28号「関連会社に対する投資」:純利益又はOCIに関連しない関連会社の純資産の変動の割合に関する会計処理
  • IFRIC第6号「特定市場への参加から生じる負債-電気・電子機器廃棄物」:IFRIC第6号の類推適用

ASBJからは、これらのうち、最後のIFRIC第6号に関連した問題について、リースの変動リース料や収益の変動対価の考え方とIAS第37号とのクロスカッティングの論点になる可能性もあるとの意見を述べた。

これらは、今後IFRS解釈指針委員会で本格的に取り上げられ、議論されることになると考えられる。

8. 共通支配下における企業結合 

EFRAGでは、イタリアの会計基準委員会(OIC)が中心となって、2009年から、共通支配下における企業結合に関するプロジェクトに取り組んでいる。現行のIFRSでは共通支配下の企業結合に関する会計処理が明確ではなく、個別財務諸表にもIFRSを適用しているイタリアや韓国などで問題が生じており、IASBからの依頼も受け、調査を行っているものである。

このプロジェクトでは、移転元(Transferor)が、その事業を同じグループ内の移転先(Transferee)(すなわち、事業を取得する報告企業)に移転する場合に、移転先における当初の測定に何を用いるべきかに焦点を当てて検討されている(下記図表参照)。

(図表)

前回のNSS会議(2010年9月)では、①共通支配下取引の主要な特徴(関連当事者の存在など)、②会計主体論の観点からの分析を含む、概念フレームワークに照らした共通支配下取引の性質、③連結財務諸表と個別財務諸表における取扱いの相違、という3つの観点からの分析が示されたが、明確な解決策は示されていなかった。

今回のNSS会議では、追加的に、IAS第8号「会計方針,会計上の見積りの変更及び誤謬」における会計基準の適用に関するヒエラルキーの観点から行った検討結果が示された。

IAS第8号のヒエラルキーを適用し、現行のIFRS(例えば、IFRS第3号)が類似の論点を扱っているかどうかを検討した結果、共通支配下の企業結合の取扱いについて、以下の3つの見解があるとされ、参加者に対して意見が求められた。

  1. 見解1:常にIFRS第3号における企業結合として扱う。この見解は、事業の支配を獲得したと考えるもので、企業主体観(entity perspective)と整合する。
  2. 見解2:常にIFRS第3号の企業結合とは別のものとして扱う。この見解は、グループ内の企業で単に支配の移転が起きたと考えるもので、所有主観(proprietary perspective)と整合する。
  3. 見解3:取引の事実や状況を分析し、取引の経済的実態に応じて、適切なアプローチを採用する。その際に、何らかの指標(例えば、関連当事者との関係、取引の目的、外部者の関与など)を適用することも考えられるとしている。

これらの3つの見解に対して、NSS参加者の意見は様々であった。このような取引はIFRS第3号における事業の取得と変わりなく、IFRS第3号と同様の原則を適用すべきである(見解1を支持する)という意見もあれば、見解1は、グループ内企業における自己創設暖簾の計上につながり適切ではなく、見解2が適切であるとする意見もあった。

インドやカナダの参加者からは、見解3を支持する意見があった。カナダでは、IFRSに移行する前の国内基準では、関連当事者の測定の観点から、類似の規定があるとされた。また、見解2を取る場合でも、誰から見た帳簿価額を引き継ぐか(親会社の連結上の帳簿価額か、譲渡者の個別上の帳簿価額か)を特定する必要があるとの意見もあった。

EFRAGでは、今後、EFRAGの中でも議論を行ったのち、これらの意見も参考に、ディスカッション・ペーパーを公表する予定であると説明された。

韓国KASBからの報告

類似の論点として、前述の各国の時事的な問題のセッションにおいて、韓国KASBから、共通支配下における企業結合に係る個別財務諸表の作成上の問題について説明がなされた。

KASBは、グループ子会社を親会社が吸収合併した場合を例に、親会社の個別財務諸表上で、吸収した子会社に係る資産について、公正価値と連結上の帳簿価額のいずれで測定すべきかが問題となっているとされた。

参加者からは、ブラジルでも同様の問題が生じているとの意見や、共通支配下取引の問題は、IASBにおける企業結合プロジェクトの第3フェーズに値するといった意見があった。

NSS議長からは、支配の変更を伴わない企業結合では、どの時点で測定基礎が変わり得るか(支配に変更がある場合のみかどうか)は、非常に大きな問題であり、IFRSでは明確な答えはなく、2011年以降のアジェンダで検討される必要がある、とされた。

9.各地域グループからの報告

(1)アジア・オセアニア地域の活動報告

アジア・オセアニア地域の活動状況として、アジア・オセアニア会計基準設定主体グループ(AOSSG)の最近の活動状況の報告を、議長国であるASBJと副議長国であるオーストラリアAASBから行った。

各ワーキンググループの活動状況やコメントレターなどの主要な成果物についても紹介し、参加国であるシンガポールASCからは、住居用不動産の建設に関する収益認識についての実務の調査及びその結果について紹介され、AASBからは、ヘッジ会計や金融資産の減損といった事項についてIASBに送付したコメントレターの内容の簡単な説明がなされた。また、AOSSGでは、イスラム金融の会計についてもワーキンググループを設けて研究していることも紹介した。

AASBからは、2011年11月にメルボルンで開催を予定しているAOSSG年次会議についての紹介もなされた。

(2)欧州地域の活動報告 

前回のNSS会議に引き続き、欧州地域の活動状況として、EFRAGの議長から、EFRAGの活動状況や戦略についての概要が説明された。グローバルな会計基準の開発へのインプットを提供すべく、現在、以下のようなプロアクティブなプロジェクトに取り組んでいることが説明された。これらのプロジェクトは、前述のとおり、多くがNSS会議で議題として取り上げられている項目である。

  • 法人所得税の会計
  • 共通支配下における企業結合
  • 財務諸表の注記に関する開示フレームワーク
  • 財務報告における事業モデルの役割

また、参加者からの質問に応え、IASBに対するコメントレターの作成プロセスや、IASBに送付後に懸念が対処されたかどうかのフォローアップのプロセスなどの紹介もあった。

なお、ブラジルの参加者から、ラテンアメリカでも現在、AOSSGなどと同様の地域グループの組成を検討しているとの説明があった。

10.各国の基準設定主体のフレームワーク

各国における最近のIFRS採用の増加により、各国の基準設定主体(NSS)とIASBとの関係だけでなく、NSS自体の役割についても改めて検討すべき時期にきているのではないかといった問題意識のもと、前々回の会議(2010年4月)において、オーストラリアAASBから、基準設定で求められる可能性がある質的特性について説明が行われた。

今回は、前回の検討を基礎として開発した基準設定主体のための共通のフレームワークについて説明が行われた。すべてのNSSが必ずしも設立形態やリソースなどについて同じ環境にいるとは限らず、単一のモデルが適合しない可能性も認めつつ、一定の共通のフレームワークがあれば、各国の基準設定主体の活動の発展に資するであろうとの認識のもと、フレームワークの特徴として、以下の6つの観点から検討した内容が示された。

  • 関係する領域又は目的
  • 検討対象となる企業
  • 質的特性
  • ディスクロージャーと説明責任
  • デュープロセス
  • 他の規制フレームワークとの関係

AASBから、NSSの特徴は、会計基準自体の概念フレームワークとも共通点が多いとされ、IASBの概念フレームワークの観点から比較した結果についても説明があった。

参加者からは、この提案に関して、次のような意見があった。

  • より積極的な方法でNSSのビジョンを記述してはどうか。例えば、公共の利益(public interest)などがより適切な基礎となる可能性もある。
  • 国際会計士連盟(IFAC)が2010年11月に公表した公開草案「会計職業専門家のための公共の利益の枠組み」で行われた作業も踏まえて検討してはどうか。
  • NSSは、国や地域によって、異なるステージにあり、最初から高い質的特性を備えることは難しい場合もあるため、フレームワークで示された特性は、時間をかけて達成していくものと示してはどうか。最低限の特性と望まれる特性を分けることも考えられる。

会議では、参加者から、概ねこの方向性と更なる調査について支持が表明された。カナダ、フランス及び英国は、今後オーストラリアの取り組みを支援することに合意し、検討を続けることとされた。なお、これら以外の国で支援に参加を希望するところがあれば、オーストラリアに申し込んで欲しいとの要請があり、後日ASBJも参加希望の旨を伝えている。NSS議長から、次回のNSS会議で再度、この論点を取り上げることが提案され、締めくくられた。

11.NSS会議の運営について

議長より、今後のNSS会議の運営について、そのメンバーシップや開催形式、今後の議長の選任方法、このグループの役割や目的などについて確認がなされた。

このうち、グループの役割と目的の確認の中では、過去に策定し、2008年3月のNSS会議でも見直すことで合意していた「ベストプラクティスの声明(Statement of Best Practice):会計基準設定主体とIASBとの協力関係」について、今後タスクフォースを設けて見直しを行い、その内容が引き続き有効かどうかを確かめる作業を行っていくことが合意された。そのタスクフォースには、フランスANC、英国ASB、ドイツ会計基準審議会(GASB)が参加することで合意し、ASBJもこれに参加することを表明した。

NSSの前議長からは、このテーマを、次回のNSS会議のアジェンダに載せることが提案され、また、世界会計基準設定主体(WSS)会議で議論していくにあたっても、さらに検討していく必要があるとの意見があった。

今回の会議で議論された項目については、引き続き次回以降の会議でも取り上げられるものも多いと予想される。

次回の会議は、2011年9月12日及び13日に、オーストリアのウィーンで開催される予定である。

以上


  1. IAS第41号は、農業活動に関する会計処理や表示、開示を定める基準であり、収穫時点における農産物(agricultural produce)だけでなく、動植物などの生物資産(biological asset)についても公正価値による測定を求めている。
  2. この事業モデルについて、それほど多くの学術的な考えは与えられていないとしつつ、先行研究として2つの学術研究があるとされた。1つは、2010年12月にイングランド・ウェールズ勅許会計士協会(ICAEW)が公表した「会計におけるビジネスモデル:企業の理論と財務報告」であり、測定を中心とした議論(特に原価と公正価値のいずれを利用するか)が展開されている。もう1つは前回のNSS会議(2010年9月)で提示されたAndreas Bezold氏による研究であるとされた。
  3. IASBのデュー・プロセス・ハンドブックでは、適用後レビューの目的を、基準書作成過程で議論の多いところ(contentious)とされた重要な問題を対象とし、直面した予期せぬ費用や導入上の問題について検討すること、と定めている。