国際会計基準審議会(IASB)の第25回基準諮問会議(SAC)が、2009年6月23日と24日の両日にわたり、ロンドンで開催された。日本からは、SACメンバーである金子誠一 社団法人日本証券アナリスト協会理事、オブザーバーとして金融庁より原寛之課長補佐が出席した。
米家正三 伊藤忠商事株式会社常勤監査役は欠席であったが、そのコメントは社団法人日本経団連コメントとして当日、席上配布された。また、金融庁による「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」(*1)を紹介する英文ホームページと中間報告の英文要約版も席上配布された。以下、会議の主な概要を報告する。
IASBの国際活動担当ディレクターから、各国における国際財務報告基準(IFRS)適用の際、以下の点について問題があることが報告された。
SACメンバーからは、強固なフレームワークと明確な原則があれば、解釈の余地は生じないはずであり、規制当局はIASBと矛盾しないようにしてもらいたいとの意見が述べられた。また、国際財務報告基準解釈指針委員会(IFRIC)の解釈はIFRSの唯一の公式の解釈であるものの、各国の規制当局が各国における解釈の問題を取扱うことを禁止するのは困難であることをSACメンバーは認識している。さらに、IFRICの活動は明確でなく、IFRICに関する教育セッションを歓迎するとの意見が述べられた。
これに対して、IFRIC議長であるIASBボードメンバーからは、「IFRICは、各国の規制当局とともに活動を行っており、各国固有で、かつ必要でない限り、各国における解釈指針は発行されないと理解している」と述べられた。
Tweedie IASB議長から、金融危機関連と金融安定化フォーラム対応として、①流動性のない市場での価格評価、②オフバランスシートの問題(連結及び認識の中止)、③金融商品の複雑性の低減についての作業内容の説明が行われた。
また、IASBディレクターから、2009年6月時点における作業計画表に基づき、主要プロジェクトの進捗状況に関する説明が行われた。
さらに、SACメンバーからは、以下のような各国における活動状況が報告された。
米国証券取引委員会(SEC)のSchapiro委員長がIFRS採用にあまり積極的ではないのではないかとの疑問が投げかけられた。これに対して、米国SEC及びIASBのJones IASB副議長から、米国の基本的姿勢に変化はない旨のコメントが述べられた。
金融庁からは、日本のロードマップ公表について説明が行われ、「日本は変わった。単一の高品質の会計基準を目指し、協力していきたい」と述べられた。
IASBスタッフから、IAS第39号「金融商品:認識及び測定」を置き換えるためのプロジェクトについて、3つのフェーズに分けて検討を行うこと、検討されているアプローチと現行のIAS第39号との相違点等についての説明が行われた(以下表参照)。
金融商品の置換プロジェクトの進捗
フェーズ | 公開草案 | 最終決定 |
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1. 分類及び測定(審議継続中) | 2009年7月 | 2009年度末財務諸表に間に合うように基準化 |
2. 減損(審議継続中) | 2009年10月 | 2010年中のIAS第39号の完全な置換え |
3. ヘッジ会計(審議は今後の予定) | 2009年12月 | 2010年中のIAS第39号の完全な置換え |
現行IAS第39号と検討されているアプローチの相違点
現行IAS第39号 | 検討されているアプローチ(*2) |
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多くの分類カテゴリー(例えば、満期保有投資、売却可能金融資産、貸付金及び債権、損益を通じた公正価値測定等)。 測定方法はすべて異なる。 |
2つの測定方法:公正価値法又は償却原価法 特定の持分金融商品の公正価値変動額については、その他包括利益に表示し、計上区分の変更又は減損については定めない 。(*3) |
満期保有カテゴリーに関するティンティング規定(罰則規定) | ティンティング規定は存在しない。 |
相場価格が公表されていない持分金融商品及びそれに関係するデリバティブについての原価法適用免除 | 原価法適用免除は存在しない。 |
一定の状況において再分類が認められている。 | 再分類は認められない。 |
デリバティブが組み込まれている混合金融商品について、デリバティブ金融商品と主契約とに区分すべきか否かの評価を行う。 | 金融商品が主契約の混合金融商品については、組込デリバティブを区分しない。 非金融商品の主契約については、現行の規定を引き続き保持する。 |
全体的に、金融商品会計の複雑性を削減するためのプロジェクトを支持する意見が多く述べられた。何人かのSACメンバーは、ビジネス・モデルに基づいて金融商品を報告する提案を支持したが、当該モデルに恣意性が介入し得ることを懸念する意見も述べられた。また、その他の包括利益(OCI)のリサイクリングが禁止されている提案を懸念する意見が述べられた。さらに、プロジェクトを3つに分け、引当金/減損やヘッジ会計を同時に議論しない点を懸念する意見が述べられた。
貸借対照表上のネッティングについて、IFRSと米国会計基準と整合していないことから、議題(アジェンダ)として取り上げることが提案された。また、IASBとFASBの提案の公表時期の相違が議論されるとともに、政治的な圧力に関する懸念も表明された。
Tweedie IASB議長から、IAS第39号は発生損失モデルに基づいており、IAS第39号を置き換えるプロジェクトにおいては、予想損失モデルに焦点が当てられていることが説明された。IASBはバーゼル委員会と連携の上、予想損失モデルについて検討していることが説明された。
発生損失モデルと予想損失モデルの相違は損失認識のタイミングにあり、安定した経済下の安定した企業では2つのモデルに相違はなく、不確実性のある時期では、予想損失モデルの方がより早期に損失が認識されるとされている。また、Tweedie IASB議長からは、初日の損失は認識されないことが強調された。
SACメンバー(豪州グループ100)は、豪州銀行では、同様のモデルがすでに用いられており、この動向を歓迎すると述べられた。他のSACメンバーからは、金融商品プロジェクトの多くの作業が銀行との連携により行われているものの、保険会社等とは十分な連携がされていないことを懸念しており、保険契約は伝統的な金融商品とは異なるが、保険契約も影響を受けることを認識してもらいたいとの意見が述べられた。
企業が契約金利に基づいてポジションを管理する場合、償却原価ベースで区分することになると理解している。国際金融協会(IIF)は、金融商品の分類は金融商品の特徴ではなく、ビジネス・モデルに基づくべきである旨を主張しており、自分の理解が正しければ、本件に関するボードの方向性を支持する。しかし、OCIについてリサイクリングを行わない旨についてIIFは留保しており、特に、保険業界が懸念している。区分振替については、重要と考えており、ビジネスに変更がある場合、公正価値測定区分から償却原価測定区分へ振替をする必要がある。自己の信用リスクやヘッジについて検討することを強く支持する。また、ネッティングについて、IFRSと米国会計基準とは整合していないため、アジェンダに追加することを要求する。(IIF/UBS)
2008年10月、IASBは国際会計基準委員会財団(IASC財団)の評議会の承認を得て、デュー・プロセスで求められる公開草案の公開を経ずに、改訂IAS第39号「金融資産の再分類」を公表した。
IASBのデュー・プロセスハンドブックによると、公開草案のコメント期間として、120日が求められているが、例外的に、緊急で、文書が短く、かつ、おおむねコンセンサスが得られているというものについては、コメント期間を30日間としてよいとする規定がある。
今回の会議では、デュー・プロセスの短縮について議論が行われた。
SACメンバーは3つのグループ(青・緑・赤)に分けられ、①ファスト・トラック手続はなければならないか②その手続はどのように決められなければならないか、について各グループで議論を行った後、各グループの代表が全体報告を行った。
ファスト・トラック手続は、緊急時に必要であり、最低30日のコメント期間は維持されなければならない。特別な状況では、問題の緊急性を決めるためにSACと協議することができ、IASBボードがファスト・トラックのための評議会の承認を求める間、SACには評議会にアドバイスするため48時間の猶予が与えられる。SACの関与によって、政治的な圧力を相殺するのに役立つことになる。緊急問題は投資家・利用者の観点から識別されなければならず、この手続は3~4年に1回程度のように、稀な場合にのみ使われるべきである。IASBと評議会は、作成者に対するファスト・トラックの影響を注意深く観察すべきである。
特定の状況ではファスト・トラック手続が必要であると考えるが、この決定はIASB又は評議会に委ねられるべきであるという意見もある。ファスト・トラック手続は、評議会及びモニタリング・ボードが承認しなければならないという意見がある。全体的に、このグループの主な懸念は、IASBの独立性と統合性の維持であり、政治的な圧力から逃れることである。SACがすべての手続に関与するかについては意見が分かれた。
30日のコメント期間は最低認められる必要があると考えるが、このような手続のフレームワークを柔軟性を持って設定するのは困難であると考えている。
ファスト・トラック手続を採用するためには、①問題に例外的な緊急性があること、②問題に公共の関心があること、③問題が極端な経済事象の結果であること、の3要件が必要であると考える。さらに、「例外的な緊急性」は、普通であるが緊急的(normal but urgent)又は異常(abnormal)として説明される。状況は事前に定義することは困難であるが、IASBが対処すべき状況である。
このような適宜の文書化は非常に重要であり、IASBの独立性の保持は非常に重要である。プロジェクトをファスト・トラックとするかどうかの決定は、ボードに委ねるべきである。ボードは、SAC、評議会、モニタリング・ボードと協議することができるが、最終的な決定を行わなければならない。
以上の各グループの報告の後、モニタリング・ボード(*4)に照会する手続を設けるかどうかについて議論が行われた。一部「モニタリング・ボードは証券当局の集まりで狭い利害関係である」との反対意見もあったが、金子SAC委員、カメルーン会計士等から、支持があった。また、モニタリング・ボードの覚書(MOU)に署名していない欧州委員会からも、「モニタリング・ボードに照会を求めるべき」とのコメントがあった。
現在のIFRSではその他の包括利益(OCI)として、①売却可能証券に関する未実現利得及び損失②キャッシュ・フロー・ヘッジから生じる利得及び損失③為替換算調整勘定④有形固定資産再評価に関する再評価利得及び損失⑤年金制度に関連する保険数理差損益があり、そのうち①②③はリサイクルされ、④⑤はリサイクルされない。米国会計基準ではOCIとして、①売却可能証券に関する未実現利得及び損失②キャッシュ・フロー・ヘッジから生じる利得及び損失③為替換算調整勘定④年金制度に関連する保険数理差損益及び過去勤務債務等⑤満期保有目的債券の一時的でない損失のうち、信用損失に関連しない部分 があり(*6)、すべてがリサイクルされる。
2008年10月にIASBとFASBが公表したディスカッション・ペーパー「財務諸表の表示に関する予備的見解」(DP)では、OCIの論点(OCIにはどの項目が含まれるか、リサイクリングするか)を取扱わないとされている。しかし、DPに対するコメントレターでは、OCIを取扱うべきとの意見が述べられており、また、退職後給付プロジェクト及び金融商品プロジェクトにおいてOCIの議論が脚光を浴びている(*7) 。
今回、SACメンバーに対しては、財務諸表表示プロジェクトの範囲を、業績報告、OCI項目及びリサイクリングに焦点を置くものにするかどうかという点について質問が行われた。
また、包括利益計算書の表示に関する演習問題(収益、年金に係る勤務費用、年金資産の公正価値変動、キャッシュ・フロー・ヘッジ、持分金融商品の公正価値変動、為替換算調整勘定、有形固定資産売却益等の項目を包括利益計算書上どのような順番で並べるかというもの)がSACメンバーやアナリスト代表グループ(ARG)メンバー等に事前に送付されていた。今回の会議において、約20の回答(金子SAC委員・米家SAC委員の回答を含む)が参考として配布された。
SACメンバーは3つのグループ(青・緑・赤)に分かれてOCI項目をIASBが取扱うべきかどうか等に関する議論を行い、各グループの代表者が各グループでの議論内容を全体報告した。
OCIは重要なトピックであるが、今、行うべきではない。金融商品のような緊急プロジェクトの進捗を危うくすることになる。OCI項目はゴミ箱のようなものとの懸念がある。IASBがOCIプロジェクトを進める場合、独立した別のプロジェクトでなければならない。
OCIは検討すべき論点であるという全体一致の見解である。OCI項目を財務諸表の表示プロジェクトに含めることには長所がある。明らかに金融商品プロジェクトと退職後給付プロジェクトと関連しているが、プロジェクトを扱う優先順位の決定においては意見が分かれた。作成者の観点では、パフォーマンスの実現と再測定との区分のような、パフォーマンスヘの反映における相違を見たいと考えている。再測定の情報を評価できるように、利用者・投資家に経営者が示すことが重要であるという考え方を支持する場合、再測定カテゴリーとパフォーマンスカテゴリーとのリサイクリングを支持する。利用者の観点からは、OCI項目は削除すべきであり、企業のパフォーマンスとリスク・イクスポージャーを自分自身で評価したいと考えている。
財務諸表の表示プロジェクトの範囲内か、又は独立したプロジェクトとして取り扱うべきであるかについては、適切に取り扱うべきである。何がパフォーマンスで、何がオペレーティングであるのか、どの項目がリサイクリングすべきなのかといった概念的な基礎をまず検討することが重要であり、次に包括利益計算書の表示の変更である。再測定(OCI項目)とパフォーマンスとを明確に区別しなければならない。しかし、リサイクリング、税金の配分、OCI項目の区分についてコンセンサスは得られなかった。
以上の報告に対して、IASBディレクターからは、「大多数が何かを行うべきことを支持しているが、何をすべきかは明確でない。後でOCIを検討することで、退職後給付プロジェクトと金融商品プロジェクトを後で不安定なものとするのか、又はOCIを今検討して金融商品プロジェクトを遅らせることにするのか、というジレンマにIASBは直面している」とコメントされた。
上記説明について、IASBボードメンバーから「IFRSとの整合性から、評価損益は全額OCI、それを全額リサイクルするとは割り切れない点がある」とのコメントがあった。
IASC財団の定款見直しは2つのフェーズに分けて行われている。第1部(主に、主要国の証券規制当局等により構成されるモニタリング・ボードの創設とIASBボードメンバーの拡充)については、2008年7月に公開草案が公表され、2009年1月の評議員会にて定款見直し案が承認された。
第2部(その他全般。①IASC財団の目的、②IASC財団(IASB)のガバナンス、③評議員会の構成、責務と権限及び資金調達、④IASBのアジェンダ設定プロセス及びデュー・プロセス、⑤SACの構成、手続き及び権限を含む)については、2008年12月に公開草案が公表され、コメント期限は2009年3月31日に締め切られている。
今回の会議では、定款見直しの第2部の論点であるアジェンダ設定プロセスについて、SACメンバーに対して意見が求められた。
Zalm評議会議長は、IASBがアジェンダを決定する最終機関であり、SAC及び評議会からの意見を聞くものの、独立性を維持しなければならないと述べた。
議論は、IASBの独立性と政治的圧力の回避に集中した。また、政府からの資金調達に関する懸念が表明された。
SACメンバーは、アジェンダ設定プロセスは、公開で行われ、公的な影響はプロセスにおいて考慮され反映されなければならないことに同意した。
以上